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仏教との訣別、神道に遷霊。西瓜! 2014-08-11 [日々の出来事]

台風一過。
優しい青色の空に白い雲が飛行船のように流れています。
たぶん暑いけど爽やかな日になりそうです。

そんな爽やかな朝、
ブログを一旦アップして廊下と三和土の掃除に掛かると、
鮭を咥えた羆の置物に猫の毛玉ゲロが(;_;)。三和土にも垂れたのが。
これは神の試練なのでしょうか。
ゲロを拭いたお掃除シートをどうするか。
使い捨て物ですが丈夫な不織紙で捨てるに忍びず、
よく洗ススいで、洗面所で部分義歯を置くシートとして使うことにしました。
猫と一心同体化。
人間関係の場合は非常に危険ですが、
ペットとならばKHONG CO VAN DE ホン・コー・バン・デー、
問題無しです(^o^)
ん、料理が猫菌のために危険か。

天然農園の野菜たち、台風の風による被害は無し。とにかく雨が凄まじかった。
DSCF1178.jpg
大雨で、収穫間近の玉蜀黍の半分が倒れ、
DSCF1175.jpg
トマトが2本真ん中で折れ、
台風直前に蒔いた種が流され、
パセリが雨で根腐れ、たぶん寿命かも、

そして、完熟するのを待っていた西瓜と真桑瓜をついに収穫(^_^)v
DSCF1181.jpg
ところが、
DSCF1180.jpg
長雨で大きく割れてしまっていました(;_;)。
嗚呼、昨日早朝に収穫しておけばよかった。
傷んだところを取り除いて西瓜を味わうと、
DSCF1183.jpg
美味い(^_^)、甘い!
皮が薄くてぎりぎりまで食べられる(^_^)v
昼飯はスプンで西瓜を平らげました。
真桑瓜は明日のおやつに楽しみ。

【亡父之百日祭】
神道シントウ、神様の話になりますことをお断りしておきます。
仏教の法要法事にあたるものを神道では霊祭レイサイ・タママツリと呼びます。その霊祭である、父の百日祭が昨日 行われました。

祭壇の真ん中には持参したどぶろくのペットボトル「御神酒」が(^_^;)
DSCF1157.jpg
神主様の大祓詞オオハラエノコトバが太鼓のリズムに乗って朗々と唱えられ、目を閉じると神々の霊と共に在る心持ちになり、心身が清められました。
大祓詞1.jpg
大祓詞2.jpg
次いで、仏式の位牌イハイから先祖の霊を神式の霊璽レイジに遷していただく遷霊。
遷霊により先祖はその家の守護神となり子孫を守ってくださいます。
そうなのです、この日、正式に仏教を離れて神道のみに遷ったのです。

仏壇の位牌という偶像を拝むのは、拝む者の自己満足で、そこに仏はおりません。ただ、偶像崇拝の礼拝方法を用いなければ帰依者を増やすことが困難なのもわかりますので、信心している人を否定する気は毛頭ありません。理屈がわからず形式から入るしかない人も多いでしょうし、伝統を維持するには偶像崇拝の形式は欠かせなかったのでしょう。

一方、神道においても近世以降、神職や学者により我が国固有の葬儀の形を求めて神式の葬儀(神葬祭)を考究するさまざまな動きがあり、この中で、祖霊祭祀に対する考え方が近い儒教における祖霊の御霊代ミタマシロである木主・神主を参考に霊璽の形式を決めたそうです。つまり、神道に於いても偶像崇拝に陥ったとも言えましょう。救いは^^;仏教の真似ではなく儒教を参考にしたことでしょうか。
(覆いを被せた霊璽の写真)
DSCF1172.jpg
仏教の位牌は剥き出しですが、神道の霊璽は霊号を書いた角形の白木に普段は覆いを被せて人の目に触れないようにして祀ります。神道の神は形としては見えない霊性であるからでしょう。
ならば、神道は、霊璽のような依代ヨリシロを設定しなくても成立する哲学であってほしいものです。御霊代ミタマシロとしての霊璽は初心者用のグッズですよ、みたいな(^o^)。
なお、霊璽には鏡が使われる場合もあるそうです。
鏡、偶像崇拝的でないのがよいかも。

神道が、ご本尊である仏像まで拝観の対象とする仏教とは異なることを紹介したかったのですが、ぼくが俄勉強で上手く説明できませんでしたm(__)m。
DSCF1166.jpg
そして、最後にお墓(神道墓のことを奥津城オクツキといいます)にお参りして霊祭を終えました。

何と心身の清まった一日だったことでしょう。
本当は飲み過ぎて晩飯を食わないまま寝ていました。

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【神道とは------人は神より出でて神に入るなり
わが国の宗教観の中心には自然崇拝と並んで祖霊崇拝があります。
ともに現代人が都市文明化の中で失いつつあるものです。
日本の四季折々の美しき豊かな自然に八百万の神々を見出し崇拝する気持ちは、神道以前の初源的な信仰と言えましょう。
神道は祖先の霊を崇拝する信仰が基になっています。氏族の始祖を氏神ウジガミとして、祖先を自分たちの守り神として崇拝します。人は死後、家族や親族を見守る御霊となって祖先神の仲間入りをすると考えられています。この、人と神の連続性は神道の大きな特徴と言えます。
江戸時代の神官である中西直方が、

日の本に 生まれい出にし 益人マスビトは 神より出でて 神に入るなり

と詠んでいます。祖先の神々があってこそ生まれ出た自分、その自分もやがて一生を終えると祖先の神々のもとへと帰っていくのです。
この歌は実に明快に日本人の死生観を表しています。 

信心は自分や親族のことで、他人様に語る話題ではないのは重々承知の上で、親族同士以外では聞く機会の少ない話題につき、面白く(へー、宗教をきちんと転ずることができるのかと)読んでくださる読者もいるであろうと、敢えて無邪気を装って踏み込むのがこのブログ(^o^)、ご了承ください。

今日の記事は特に、最後まで読んでくださってお疲れ様でした、ありがとうございます。


それでは皆様、
あ 有難いなあ
し 幸せだなあ
た 楽しいなあ

お年寄りや社会不適合者(儂のこと)や生活保護受給世帯よ、
天然農法で幸せな自給自足の生活を(=^ω^=)
読んでくださってありがとうございますm(__)m
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コメント 11

ちゅんちゅんちゅん

おはようございます!
雨が降っていて蝉がうるさく鳴いています。
お墓のお掃除に行かねば・・・
毎年 お盆のお掃除は
帰ってきて誰かが気分を悪くするくらい暑いので
ビビリ気味なんです^^;
by ちゅんちゅんちゅん (2014-08-11 08:02) 

kontenten

先日は、エルに告白頂き・・・ありがとうございました(^^)
物凄く喜んでおります・・・ただ、見た目よりキツイかも・・・^^;Aアセアセ
 神道と申せば、私の叔父さんは神式のお葬式でしたが
祝詞は、そもそも日本語なので仏教のお経(宗派により違いますが)より
よく理解できる内容で感動しました。
ただ、仏教も少しずつ深めて行くと、何となくお経の意味もわかってくるような・・・
そうそう、師匠(会社の部長)も葬式仏教のお坊さんが多くて困ると申しておりましたが、幸い・・・我が家の菩提寺の住職は、死後の仏教でなく
今、生きている内の仏教を説く方ですので、尚更深められたのかも知れません。
by kontenten (2014-08-11 09:14) 

ojioji

ちゅんちゅんちゅんさま、kontentenさま、コメントしにくい記事にコメントありがとうございます。
信心は自分や親族のことで、他人様に押し付けてはならないのは重々承知の上で、親族以外で語る機会の少ない話題かと思い敢えて無邪気^^;に踏み込むのがこのブログ、他の皆様にてもご了承ください。
あっ、本文に加筆して断っておきます。
by ojioji (2014-08-11 10:47) 

coconut punch

こんばんは(^-^)

台風の被害は比較的少なかったようですね。
西瓜はちょっと残念ですが(T_T)

我が家の方も風はそれほど強くなく、
雨の方が酷かったです( ゚Д゚)
それでも畑の方はほぼ被害なし!でした。

それでは(^^)/
by coconut punch (2014-08-11 21:19) 

ojioji

coconut punchさまの畑も茄子が元気そうですね。
台風、いちおう近くを通過したはずなのに風はどこに吸収されたのでしょう。
謎です。
気候変動を実感します。
と言いつつ、今朝はもうひんやりとして秋の風情。


by ojioji (2014-08-12 06:00) 

前場 弘美

 はじめまして。古い記事に勝手にコメントですみません。
 神道の祝詞があまりに懐かしく、迷っている今、泣きそうになってしまったので。実家では毎朝・夕に祝詞があげられていました。奢ることなく、自然と共にあることが当たり前であった頃があったのを思い出しました。
 これから、どうすればよいのか結論は出ませんが、自分の根本に触れたような気がします。ありがとうございます。
by 前場 弘美 (2014-10-19 22:13) 

ojioji

前場さま、ご事情存じませぬが、少しでもお心が安らかになられますように。
文面を読ませていただき、何か厳粛な気持ちになりました。

読んでいただいてありがとうございます。
by ojioji (2014-10-20 01:28) 

和

はじめまして。
神式の霊祭について、拝読させていただきました。
猫を亡くして落ち込んでいましたが、元気をいただけました。ありがとうございます。
仏教からの改宗について、本当に良かったですね。我が家も本家は仏教(嫌々やっていた)でしたので、心強いです。
また色々教えていただけましたら嬉しいです。
by 和 (2015-04-27 14:49) 

和

すみません。
元気をいただけたとは、儀式や大祓などのお写真の厳粛な御様子からです。
不愉快に感じられましたら、申し訳ございません。
by 和 (2015-04-27 14:56) 

ojioji

和さま、読んでくださってありがとうございます。
全然不愉快なんてございません。
何か感じでいただけるようでしたら嬉しいです。
神道の神様の清澄な世界、日本の自然ととても合っている気がします。
但し、アスファルトやコンクリートジャングルには全然合いません。
人と神、此の世と幽界との連続性みたいなものを想定すると、生命が失われても悲しいこともなく自然に受けとめられて、己の行く末も不安のひとかけらもない心境になれます。世界の宗教の中でも、なかなか優秀なフィクションだと思います。仏教は、日本の自然や人々には、インドや中国モノのままでは適合しなかったと思います、変容させて普及しておりますが、あまり適合しているとは思えません。なぜなら、嫌々、仏式の行事をしている方があまりにも多いから(^_^;)。ぼくはそうでした。大乗教の乗りは何となく気持ちわるいというか、幼稚園生に童話を語るような偽物臭さを幼児から感じていました。曼荼羅とかそうでしょう。比叡山や高野山のお寺で対面した仏?たちも、美術品としては素晴らしいけれど、霊・死後の世界・魂の哲学としては、時代遅れの感。現代日本の葬式で仏式がまだいちばん多いのが不思議でなりません。惰性や葬儀産業の営業努力の賜にすぎないのでは。伝統仏教とか国家神道とか言っても、たかだか数十年の話。もっと一人ひとりが自分の意志で神や仏を選ぶなり捨てるなりすればよいと思っています。実家のお寺の坊主は2011年豪雨で那智の滝の近くで濁流に飲まれて亡くなりました。偶像崇拝を笑います。
by ojioji (2015-04-27 17:34) 

ルイジ

グーグルで検索して来ました。

先日、父が亡くなり、神式のお墓を建てることになりました。神式のお墓はトキン型などがありますが、ojiojiさんのような、半円形のお墓のデザインに興味があります。

もし可能であれば、ojiojiさんのお墓の写真(図面)を見せていただけませんでしょうか。私のメアドは re9550@gmail.com です。

勝手なお願いですが、よろしくお願い申し上げます。
by ルイジ (2017-04-08 17:18) 

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