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アメメ11歳に(=^ω^=)、米軍による東京大空襲犠牲者を悼み「言いたい放題」 2016-03-10 [好きな言葉や拙見]

アメメが11回目の誕生日を迎えことが出来ました\(=^ω^=)/ 
 
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 アメメが上がり框から睥睨しながら、 
 
去年は誕生日前に食べられない日が続いておったので、
10歳を迎えることが出来たときは家中で喜んだものじゃ。
あのときは、一年後の今日を迎えられようとは夢にも思わなんだ。
猫の11歳は、人間で云うと還暦に当たる齢じゃ。
ojiojiが58歳、と云うことは、今日から俺様が最長老か。
おい、ojioji、祝いの品はどうした(=ΦωΦ=)
 
アメメ070728.jpg 
 [2007.7.28 アメメ最古^^;の写真 自宅マンションにて]
 
アメメとの初めての出会いは2007年1月9日、ペットショップの2階。
ヒトではない哺乳類の生き物と暮らしたくなって、フェレットが第一候補、
あとはハムスターやモルモットなどを考えて近所のペットショップに出かけた。
実際の生き物たちを見ると、子どもの頃いつもそばにいた犬と猫に惹かれてしまった。
ペット飼育不可のマンションの4階のため、犬を飼うのは無理。
猫だったらこっそり室内飼いできる。
そう思うと、その日から猫と暮らしたくてたまらなくなった。

ケージで子猫たちが何匹もミーミー、ニャーニャー鳴いていたけれど、
気になったのは2匹の大人猫。
ノルウェージャン・フォレストキャットのCappuccinoカプチーノ(当時1歳7箇月)と、アメリカン・ショートヘアのマメスケ(当時1歳10箇月)。
綺麗な成猫たち。
こんなに大きくなるまでケージのなかだけで暮らしていたのかと思うと可哀想に思えて、それぞれのケージの前を行ったり来たり、何十分も思案。
買うなら(飼うなら)子猫からだろうと思いつつ、
この2匹から離れられない。 

おとなしくて優雅なノルウェージャン、
アーモンド形の深い色の眼でぼくを縋るように見上げる。
 
一方、キャンキャン吠える犬の傍で、
仏頂面して眼光鋭く虚空を睨むアメショー。
 
2匹とも気になりながら、このときは、
向こうからもぼくに関心を示してくれたカプチーノに決めた。
それが今のノルくん。 
 ノルとアメメ.jpg
[2007.7.28 アメメとノルくん 自宅のケージにて]  
 
ノルくんと暮らし始めてからのドタバタの日々、
あの仏頂面のアメショーのことが気懸かり。

アクアリウム用品目当てで、ときどきこのペットショップを訪れる度に、
2階の動物コーナーを覗くと、
あのアメショーが所在なげに尻尾だけ動かして虚空を睨んでいる。
 
販売価格もどんどん下げられていた。
ショップのお姉さんたちから「アメメちゃん」と呼ばれていることも知った。
アメショーのマメスケでアメメか。
この呼称も気に入った。

お客さんたちは、行く度に入れ替わっている子猫たちが陳列されているケージの前ばかりに集まっている。
アメメの相手をするのはぼくだけみたいだ。
ケージ越しに指で触ってやるようになっていた。
 
そして、出会いから半年後の2007年7月10日、
アメメに新しい世界を見せてやりたくて、衝動的に買った。
 
ショップでシャンプーしてもらって青いスカーフを首に結んでもらったアメメが
数時間後に自宅に届けられた。
以来、今日まで一緒。

アメメが他の猫たちと上手く付き合えないのは、
幼くして母猫から離され、2歳4箇月までペットショップのケージ暮らし、
しかもすぐ傍に吠えまくる犬がいるという不自然な環境だったからだと思う。
 
ヒトと付き合うよりも、動物と仲好く過ごしたいぼくと似たもの同士。
本当は同居猫のいない家で飼われるほうがアメメには快適だったと思うけれど、
わが家で後悔はさせないつもり。 
 
世界は人間無しで始まったし、人間無しで終わるだろう(レヴィ・ストロース)
 
 DSCF8224.jpg DSCF8223.jpg
 [2015年6月のアメメ]
 
幼くして母猫から引き離されて、ペットショップの吠えまくる犬たちの傍のケージで過ごした二年間あまり、アメメの難聴はこの間に発症、進行した感音性難聴であると考えられる。

あるいは、アメメが生まれつき耳が聞こえなくて、それを知っていたペットショップが、だから、犬の吠えまくる隣にアメメのケージを置いていた可能性も考えられる。確かに、いくら犬の鳴き声がうるさくても、耳が聞こえなければ虐待とは言えない。

何れにせよ、そのお蔭でぼくはアメメに出会え、五十代をアメメと一緒に暮らせているわけだ。「ペットフリーク」に感謝。

耳の遠いアメメは他の猫たちと上手く付き合えない。
耳の遠いぼくも他の人たちと上手く付き合えません。
似たもの同士、時が満ちて天に帰るその日まで、一緒に暮らそう。

盲は人と物とを遮断する、聾は人と人とを遮断する(イマヌエル・カント)
 
 [最長老になった今朝のアメメ 後半身の衰えは隠せません]
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難聴と云うと(再掲)めっきり耳が遠くなりました。
子供の頃は耳鼻科通いの日々で、中耳炎を何度かやり、中1か小6のとき左耳の中耳炎を放置^^;して慢性化させて難聴に。
右耳は健常だったのですが、五十前の或る日、突然聴こえにくくなりました。突発性難聴。自己治療はストレスを減らすこと。実際、聴力が少し良くなったり元に戻ったりを繰り返しながら、しかし、確実に低下。
不便なのは、教室の生徒たちの声は聞こえても喋っている内容が聞き取れなくなったこと。交響曲のひとつひとつの楽器の音が聞き分けられないのに似て、音声が混じるというか埋もれてしまいます。私語なのか話し掛けているのかわかりません。
隠退した理由のひとつです。

耳の遠い仲間にアメメくんがいます。
京都時代、アメメと遊んでいた方が、耳が聞こえてないのではと指摘してくれました。ぼくは全然気づいてなくて、聞こえているのに無視するふてぶてしいやつだと思っていました。掃除機を傍でかけても、全く動じません(^_^;)。音に反応しないで、後ろからポンと叩くと、唸って飛び上がります。

難聴には、音自体が小さな音量になってしまう伝音性難聴と、聴こえくい周波数帯などのため意識を集中しないと音が雑音化してしまう感音性難聴とがあって、アメメやぼくの左耳は伝音性難聴で、ぼくの右耳は感音性難聴の傾向が強いと思われます。
老人の難聴は感音性難聴が多いそうです。
伝音性難聴がひどいと障害者認定となり、感音性難聴は障害者認定とはならない場合が多いもよう。

ちなみに、嘘つき呼ばわりされていた佐村河内守氏も感音性難聴とのことで、身体障害者手帳については不正取得なのかもしれませんが、マスコミを始め詐欺師呼ばわりした人々が感音性難聴についてどの程度理解していたのかは疑問です。
 
記者会見で、佐村河内氏が手話通訳の途中で質問に答え始めると「まだ手話通訳が終わってませんよ?」と化けの皮を剥いだかのように笑った記者、お前は何様ですか。

感音性難聴の場合、音と遮断されているわけではなく、わかる部分がまだら状態なので、話し手に意識を集中して何とかわかろうと努力しているのに。
 
佐村河内氏騒動の映画がつくられているそうなので、難聴についての理解が深まることを期待しています。(ドキュメンタリー映画「FAKE」 6月4日公開決定) 

耳が遠くなったお蔭で、嫌なことは聞かないで済み、心穏やかな日が送れます。
まさに天の配剤です。
しかし、まだ目が確かなので、世の中の瑕疵に心乱れるのが残念。
 
[去年の3月10日のアメメとちゃとらん、ふーちゃん] 
 DSCF5654.jpg
 
昭和二十年三月十日はアメリカ軍による東京大空襲のいちばん激しかった日。
死者8万3793人、他にも行方不明者多数、実数10万人超と言われている。
単独の空襲による犠牲者数としては世界史上類を見ない、まさに未曾有。
アメリカ軍によるこの無差別大量殺戮で亡くなった方々の無念や如何に。
 
御魂よ、安らかに鎮まり給え、祟り給へ


付録 
ojiojiの言いたい放題(=^ω^=)
いろいろなところに書き込んだコメント集

亀こそ濾過装置が必須と思います。
実際の飼育では、多くの家庭で逆になっていて、金魚やテトラやメダカ類たちの、底砂や水の微生物でアンモニア分解サイクルをつくれる(実際、足し水だけで熱帯魚の水槽を3年以上維持していました)飼育に高価な濾過装置を投入し、ほんとに水を汚す亀さんは糞と残餌で汚れた水のまま「亀は臭い」と嫌な顔をする、これも人間の身勝手のように思います。巨大濾過装置を付ければ、透き通った水で亀さんも大喜び(^_^)
飼育亀の多くは、ゴキブリや蛆、あるいはかつての被差別部落居住者と同様に、謂れ無き差別を受けていると思います。ささやかな抵抗が、サルモネラ保菌でしょう(^o^)


川に放したり、またつかまえたり、亀にかぎらず、そうやって自然と共に暮らせば良いと思っています。在来種だの外来種だの阿呆ちゃうかと。
海の魚を見よ、国境なんて何もありません、檀流もとい暖流(Google変換おかしい、これが一発で出ない、愛読書「檀流クッキング」のせいかなあ^^;)と韓流もとい寒流(三発目で変換、完全に使用者のせいでした^^;、神話の国にして竹島の地元c***p***さまの日本語変換でもこの単語は同様でしょう(^o^))の潮の目が国境で、大小種々の魚の紛争が起きています。それを人間様が勝手に、外来種なんたら禁止法とか、ほんとにもう上から目線、どんだけ偉いんじゃ、象牙の塔(死語)や霞ヶ関の人たちは、世間知らず・自然知らず・オカネと仲好しなだけじゃあないか。と朝からハイテンションです、ちゃとらんとふーちゃんが四時頃から障子の穴くぐりサーカスを繰り返して、ぼくもアメメも安眠妨害。(自分にもよくわからんコメントですが、エイッ、貼っちゃえ)


神にせよ仏にせよ、永久の象徴としての常緑樹の葉、というのが原点なので、杉だろうが松だろうが、地元で調達できる常緑樹を使えば、神様も仏様も喜ばれることでしょう。実際、寒い地方では、榊も姫榊も樒も生えていないので、杉を使うところもあるようです。 


「ぼさぼさの長髪に、よれよれのジーパン、手編みっぽいやたら分厚い白いセーターの上から、ドテラみたいな綿入り絆纏」と私のことを書かないでください^_^;。サークルも不登校も運動も勉強もアルバイトも結婚も中退も順番めちゃくちゃでやっちゃった時代。愛しくて懐かしいけれど消し去ってしまいたい時代、甦らせたくなかった。


モットーは「気にしたら負け」です(^_^;)
それで、塾の現金を入れた抽斗に鍵をかけていなかったら、或る日生徒の納めた月謝袋が無くなりました(涙)。鍵をかけるようになりました。とても悲しかったです。こうして今の現代日本型というかアメリカ型システムが進行するのでしょうね。弥次郎兵衛喜多八の時代が懐かしい、嗚呼、明治維新が憎い。


菜っ葉、懐かしい呼び方。
これからはぼくも菜っ葉という言葉を使うことにします(^_^)
菜の花、アブラナ科アブラナ属のものを呼ぶのですね。検索すると、カラシナ、キョウナ、ケール、カリフラワー、キャベツ、芽キャベツ、ブロッコリー、カイラン、ミズナ、カブ、ノザワナ、コマツナ、ハクサイ、チンゲンサイ、アジミナ、要するに菜っ葉の花が咲く直前は全部菜の花として美味しく食べられるということ。大根の白い花も「白い菜の花」。確かに、大根の菜の花も食べます。


地球温暖化防止とやらの、前世紀末から今世紀初めのアメリカの悪の遣いゴアに端を発する、先進国の官民一体となった、ヒステリックで非科学的な呼びかけにうんざりしたのと同じ、私の感情的な反発が大きいのです。所詮は、金儲けとか経済の話に行ってしまいます。
以前記事http://ojima537-21.blog.so-net.ne.jp/2014-06-15にしたのですが、再掲お許しを。読者数の少ない頃でしたので。
懐かしの京都議定書を採択した1997年12月国立京都国際会館で開かれた第三回気候変動枠組条約締約国会議(地球温暖化防止京都会議、COP3)に出席した各国の代表が帰国した後のホテルの各部屋で、エアコンなどのスイッチが切られていなかった割合が一般観光客と変わりなかったとの報告を、かつて京都大学大学院エネルギー科学研究科教授をされていた笠原先生の文章で読みました。地球温暖化がどうのこうのと議論している、環境に対する意識が一般の人より高いはずの各国代表学者たちの日々の暮らしは、そんなものなのです。
もっと呆れるのは、「不都合な真実」という大嘘映画でノーベル平和賞を受賞したアル・ゴア元アメリカ副大統領がプール付きの大邸宅で電力消費しまくりの暮らしをしていた話とか、その彼が、ノーベル平和賞受賞で良い人と勘違いされるようになってからは、うまいことベンチャーキャピタルの二酸化炭素取引市場や太陽光発電、電気自動車、(いまいちよくわからん概念ですが)スマートグリッドなどの環境市場への出資を行い、資産が以前の120万ポンドから6000万ポンドとなって、世界初の環境長者になったと報道される始末。
あるいはこの記事http://ojima537-21.blog.so-net.ne.jp/2014-07-28に記した思いと通じるでしょうか。


生き物たちも、ヒトが破壊した自然環境のなかで生き延びるために必死で^^;交雑・混血しながら適応できるように変異しているのに、それを交わるな!などと。ベッキーちゃんや室伏広治さんに、お前らは交雑じゃ、けしからん!とか言うのか。お前(生物多様性保全とかを生き物への愛情もなくほざいている人のこと)は親の交わりから生まれたんじゃあないのかと言いたい。
メダカやカダヤシやアカヒレが日本の小川で混泳している日を夢見て(=^ω^=)


三月十日の東京大空襲を指揮した「皆殺しの」ルメイ(第20空軍隷下の第21爆撃集団司令官)、「当時日本人を殺すことについてたいして悩みはしなかった。私が頭を悩ませていたのは戦争を終わらせることだった」「もし戦争に敗れていたら私は戦争犯罪人として裁かれていただろう。幸運なことにわれわれは勝者になった」「軍人は誰でも自分の行為の道徳的側面を多少は考えるものだ。だが、戦争は全て道徳に反するものなのだ」という彼の数々の発言からわかるように、立派な軍人だったのは間違いないのでしょうが、この無差別大量殺戮の遂行者に、1964年東京オリンピックの後で勲一等旭日大綬章を授けた佐藤内閣、「今はアメリカと友好関係にあり、功績があるならば、過去は過去として、功に報いるのが当然。大国の民とは、いつまでもとらわれず今後の関係、功績を考えて処置していくべきもの」という佐藤栄作総理の発言、うーん、実に日本的です。この文化は他の国にはわからないでしょうね。朝鮮半島の国々も、この「あっさり」した文化に学べば幸せになれるのになあ。(「あっさり」という日本精神を「あさり」という台湾語として取り入れた台湾の本省人の方たちに親しみを感じます。)ただ、日本は、私も困惑するときがあるくらいあっさりし過ぎているような(^_^;) 
 

わがままではなく、ありのままに
都市の方も食材の自給を楽しみましょう
読んでくださってありがとうございます(=^・^=)
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